あなたの心にそっと寄り添う時間

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あなたの心にそっと寄り添う時間

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「カウンセリング」は、
生きてゆく日々の中で、あなたご自身の大切な心にいつのまにか潜む
悩みや辛い想い、 ストレス、空虚(からっぽ)感、焦燥感 、孤独(ひとりぼっち)感や……
医療診断の病(やまい)、いろんな 障がいを持たれ、迷いそうになってしまわれた方々に
自然に寄り添い必ず支え 続けます。
傾聴(お話をお伺いする)と、お話の隙間にそっとアドバイスをはさみ込むことを積み重ね
ご自身で新しい一歩を踏み出すきっかけを掴むお手伝いをさせて いただきます。

「カウンセリング」は、
生きてゆく日々の中で、あなたご自身の大切な心にいつのまにか潜む
悩みや辛い想い、 ストレス、空虚(からっぽ)感、焦燥感 、孤独(ひとりぼっち)感や……
医療診断の病(やまい)、いろんな 障がいを持たれ、迷いそうになってしまわれた方々に
自然に寄り添い必ず支え 続けます。
傾聴(お話をお伺いする)と、お話の隙間にそっとアドバイスをはさみ込むことを積み重ね
ご自身で新しい一歩を踏み出すきっかけを掴むお手伝いをさせて いただきます。

カウンセラー紹介

 さかい    くにお
  酒井      邦雄    【通称】 kunisan

1962年7月20日(62歳)

〘資格一覧〙
・中学校1種教諭免許
(公立中学校30年勤務)
・公認心理師  ・臨床心理士
・認定心理士  ・メンタルケア心理士
・認定メンタル心理カウンセラー
・放課後児童支援員
・普通救命講習Ⅲ
・コンプライアンスアドバイザー
・防火管理者  ・食品衛生責任者
※他の勤務経験
・出入国在留管理庁
・介護施設

カウンセラー紹介

 さかい    くにお
  酒井      邦雄    【通称】 kunisan

1962年7月20日(62歳)

〘資格一覧〙
・中学校1種教諭免許
(公立中学校30年勤務)
・公認心理師
・臨床心理士
・認定心理士
・メンタルケア心理士
・認定メンタル心理カウンセラー
・放課後児童支援員
・普通救命講習Ⅲ
・コンプライアンスアドバイザー
・防火管理者
・食品衛生責任者
※他の勤務経験
・出入国在留管理庁
・介護施設

カウンセリング内容

1

心のケアが必要な方へ

(学校や職場でのストレス、人間関係の悩み、心の不調など)

《教育関係》
(学校に行けないお子さま・心を痛めた先生のご相談)

いじめ等で学校に行けなくなっている小学生~高校生、家庭で本人を支える保護者様
※学校をスタートとして、児童相談所や家庭裁判所事案になる事もありますが、あくまでも御本人と御家族の本意に近づきながら慎重に慎重に進めます。

《自暴自棄になられている方》
「人生に目標がない」「生きている意味がわからない」「生きている事が辛い」「死にたい」等※一番多くお話をお聴かせいただきます。
精一杯寄り添いながら、関われる隙間を見つけます。

《ひきこもり》

酒井は「ひきこもり」という言葉。あんまり好きではありません。 ご自身のこだわりがあったり、時間を気にせず過ごしていたい。 きっかけは、人それぞれにあるでしょう
横歩きにみんな同じレールの上歩いたり、走ったりするのに疑問を持ったら 身体動かなくなった。
ご自宅のご自身の部屋で、過ごすことが 何か悪いみたいな…
そろそろ一人で過ごした時間で、充電出来てたから一度外へ行こうかな❓️というタイミングにお会いできたり、何か違う過ごし方を探したいタイミングを一緒に探しトンネルの出口へ必ずお連れします。

《 躁うつ病(双極性障がい)》
《躁鬱病》〔双極性障がい〕の症状を、言葉のやり取りで快方へと導く努力をします。

2

ご家族やご自身の特性についてのお悩み

(発達に関する不安、コミュニケーションの難しさなど)

《発達に関する悩み》
(ADHD・自閉症など)

子供〜大人のADHD「発達障がい」
(WHO 2022.1 神経性発達症と改称)
自閉症(ご本人とご家族の、心を和らげることが出来ます。)

3

家庭や人間関係のトラブル

(家族の不和、パートナーとの問題、職場でのハラスメントなど)

《 職場のハラスメント(パワハラ・セクハラなど)》
(職場などの「パワハラ」「セクハラ」「〜〜ハラ」)

【2024年度
ハラスメント協会制定44種に対応】
〔過去形〕⇒心を和らげる。
〔現在受けている〕⇒解決策の提案を
いくつか提示しながら、心に力を付けていただく。

《 不倫などによる家族の問題》
(不倫等での家族不和)

お話はもちろんお聴かせいただきます。
カウンセリングを重ねることで、やり直す場合と、弁護士や家庭裁判所等機関と連携を取りながらお話を進めます。

4

大きな悲しみや傷を抱えている方へ

(トラウマや喪失感、被害に遭われた方の心のサポート)

《虐待・DV全般》
御本人が受けた内容によって、こちらの関わり方は変わります。
※シェルターへカウンセリング
※18歳までの方であれば、最終的に良質な児童養護施設への道へ導く。
※現在、受けている場合は、警察諸機関にお連れしお守りします。

《事故や病気でご家族を亡くされた喪失感》

事故や病気等で、ご家族を亡くされた喪失感からどうしても抜け出せない…
※酒井とカウンセリングしていただいている時間は、やや心和らんでいただけるので、それを積み重ねながら、「生き残る」価値を少しずつ少しずつ感じ取っていただきます。

《性犯罪・ストーカー被害》
※ストーカー案件増えています。
警察は相談には乗ってくれたり、相手に忠告等していただけますが、法律上、事件が発生がないと動けない。
※間違いなく事件に繋がる事が想定される案件は、警察諸機関と連携しながら、カウンセリング業併用しながら、SP的な活動をします。〔要人警護資格所持〕
色んな《性被害》にあってしまいPTSDを発症されている方も大変多いので、「忘れていただく」のではなく、
ご自身の気持ちで少しずつ乗り越えれるように一緒にリハビリしながら、人間本来が持ち得る「心の強さ」を引き出していきます。

カウンセラー紹介

1

心のケアが必要な方へ

(学校や職場でのストレス、人間関係の悩み、心の不調など)

《教育関係》
(学校に行けないお子さま・心を痛めた先生のご相談)

いじめ等で学校に行けなくなっている小学生~高校生、家庭で本人を支える保護者様
※学校をスタートとして、児童相談所や家庭裁判所事案になる事もありますが、あくまでも御本人と御家族の本意に近づきながら慎重に慎重に進めます。

《自暴自棄になられている方》
「人生に目標がない」「生きている意味がわからない」「生きている事が辛い」「死にたい」等※一番多くお話をお聴かせいただきます。
精一杯寄り添いながら、関われる隙間を見つけます。

《ひきこもり》

酒井は「ひきこもり」という言葉。あんまり好きではありません。 ご自身のこだわりがあったり、時間を気にせず過ごしていたい。 きっかけは、人それぞれにあるでしょう。
横歩きにみんな同じレールの上歩いたり、走ったりするのに疑問を持ったら 身体動かなくなった。
ご自宅のご自身の部屋で、過ごすことが 何か悪いみたいな…
そろそろ一人で過ごした時間で、充電出来てたから一度外へ行こうかな❓️というタイミングにお会いできたり、何か違う過ごし方を探したいタイミングを一緒に探しトンネルの出口へ必ずお連れします。

《 躁うつ病(双極性障がい)》
《躁鬱病》〔双極性障がい〕の症状を、言葉のやり取りで快方へと導く努力をします。

2

ご家族やご自身の特性についてのお悩み

(発達に関する不安、コミュニケーションの難しさなど)

《発達に関する悩み》
(ADHD・自閉症など)

子供〜大人のADHD「発達障がい」
(WHO 2022.1 神経性発達症と改称)
自閉症(ご本人とご家族の、心を和らげることが出来ます。)

3

家庭や人間関係のトラブル

(家族の不和、パートナーとの問題、職場でのハラスメントなど)

《 職場のハラスメント(パワハラ・セクハラなど)》
(職場などの「パワハラ」「セクハラ」「〜〜ハラ」)

【2024年度
ハラスメント協会制定44種に対応】
〔過去形〕⇒心を和らげる。
〔現在受けている〕⇒解決策の提案を
いくつか提示しながら、心に力を付けていただく。

《 不倫などによる家族の問題》
(不倫等での家族不和)

お話はもちろんお聴かせいただきます。
カウンセリングを重ねることで、やり直す場合と、弁護士や家庭裁判所等機関と連携を取りながらお話を進めます。

4

大きな悲しみや傷を抱えている方へ

(トラウマや喪失感、被害に遭われた方の心のサポート)

《虐待・DV全般》
御本人が受けた内容によって、こちらの関わり方は変わります。
※シェルターへカウンセリング
※18歳までの方であれば、最終的に良質な児童養護施設への道へ導く。
※現在、受けている場合は、警察諸機関にお連れしお守りします。

《事故や病気でご家族を亡くされた喪失感》

事故や病気等で、ご家族を亡くされた喪失感からどうしても抜け出せない…
※酒井とカウンセリングしていただいている時間は、やや心和らんでいただけるので、それを積み重ねながら、「生き残る」価値を少しずつ少しずつ感じ取っていただきます。

《性犯罪・ストーカー被害》
※ストーカー案件増えています。
警察は相談には乗ってくれたり、相手に忠告等していただけますが、法律上、事件が発生がないと動けない。
※間違いなく事件に繋がる事が想定される案件は、警察諸機関と連携しながら、カウンセリング業併用しながら、SP的な活動をします。〔要人警護資格所持〕
色んな《性被害》にあってしまいPTSDを発症されている方も大変多いので、「忘れていただく」のではなく、
ご自身の気持ちで少しずつ乗り越えれるように一緒にリハビリしながら、人間本来が持ち得る「心の強さ」を引き出していきます。

カウンセリングの流れ

※もしもご都合が悪くなった時は、前日夜までにキャンセルの連絡を下さい。
もちろんキャンセル料は要りませんのでご安心ください。

カウンセリングの流れ

※もしもご都合が悪くなった時は、前日夜までにキャンセルの連絡を下さい。
もちろんキャンセル料は要りませんのでご安心ください。

利用者様の声

実際にカウンセリングをご利用いただいた方から寄せられた感想をご紹介します。
※ご本人様のご了承をいただき、一字一句そのまま掲載しています。

001
《42歳 男性 教職員》

「過労から《胃潰瘍》及び《自律神経失調症》⇒《燃え尽き症候群 ひきこもり》」
※誰とも会えない状態が続き、奥さまからの依頼。

嫁が酒井さんを呼んでくれたけれど、僕は自室の扉を開ける気はない。
いや、開けられない。僕のために来てくれているのは、充分わかっているけれど、遭いたくない訳ではないのに、どうしても会えない。
今でもよく覚えているのは、酒井さんの言葉が扉の外から聞こえてきた…
「◯◯さん、酒井来て会えないからとすぐ帰るのも淋しいので、扉の近くでしばらく休憩させていただいてからかえります。トイレや食事など、あなたのご自宅なんですから、僕の存在はもちろん無視して生活してくださいね。扉が開いても酒井からお声かけたりは絶対しませんから、ご安心下さい。逆に今日は◯◯さんがしんどい時に、いきなり押しかけてすみませんでした。」と聞こえてきた。
そこから、扉の外に人の気配が感じられなくなり静けさに戻ったんやけど、昨日までの家に居ても、空気すら僕を押し潰すような重たい雰囲気が薄れたような気がする。
しばらくして、僕はトイレに行くために扉を開けて廊下へ出ると、扉から少し離れた所に、酒井さんが微動だにせず目を閉じて床に座っていた。少しビックリしたが、僕に酒井さんへ声かける気持ちはなく、トイレを済ませすぐに部屋に戻った。廊下の床に座っている酒井さんを、一瞬見たけれど嫌な気持ちにはならず、酒井さんの身体のどこにも力入ってない自然体で、和らぐ雰囲気で座ってる姿を見て、部屋へ戻った。ん。僕を守りに来てくれてるの?
久々の眠気。横になったらすぐに眠ってしまった。
気がついたら翌日の朝に。廊下へ出てみると酒井さんは帰った様子。その日から3日間、扉を開けると酒井さんが、温和な表情で目を閉じ座っている。
その3日目、僕の気持ちとな裏腹に、思わず僕から「酒井さん」と声をかけてしまった。リラックスした空気感のままの酒井さんが、僕の部屋に入ってきた。
不思議なことに私は、酒井さんを自然に招き入れてしまった。
そこからは、自分自身が触れたくなかった教職員としてどんな働き方をしていたのか延々と聴いてもらった。
いや、話尽きるのかなと思いながら、話続けた。
酒井さんの深い頷きと雰囲気の中で、吐き出すように息せき切って僕は話続けた酒井さんは、僕の言葉の洪水を、何一つ否定しない。僕の心の掃除が出来てきたのか、もう二度と考えたくもないと逃げ回っていた。でも気が付いたら僕の次に繋がる道程を、見え隠れする感覚を、少しずつ又探し始めていることに抵抗感なく話せている自分自身が居た。
そして、もう枯れてしまっているはずの涙が、拭っても拭っても自分の頬にとめどなく流れることが、なぜか嬉しくて堪らない。
酒井さんに聴いてもらえたことが、自分の再スタートの準備を手伝ってもらえ、消えかけていた「教育への情熱」を取り戻せるかもしれないと考えられるようになった。

004
《女性 35歳 会社員》

「PTSD 及び 鬱病」
6年前、主人からのDVひどく離婚。私は、心身共に気力を失い心療内科で「強度のPTSD 及び 鬱病」の診断を受け、会社を休職しました。 知り合いからの紹介で、酒井さんにカウンセリングしてもらうことに。 最初の内は、毎週1回ずつ自宅に来てもらえるようお願いし「カウンセリング」を受け、私の心に溜まりきっていたブラックな膿(うみ)のような重たく傷だらけの想いの数々を、数回で全て受け止めてくれて、自分の心が徐々に軽く、綺麗に戻っていくような感覚を実感しました。 次の予約は、2週間に1回に間隔を空けてもらい自宅での「カウンセリング」。 この2週間の間に、最初は身体に力入らず寝たきりで過ごしていましたが、自宅の中では普通に生活が出来るようになりました。パジャマ着たままから、着替えることも出来るようになりました。 次の2週間「カウンセリング」後は、酒井さんに付いていただいて一緒に近くのコンビニや公園へ。自宅から外へ出れるようになりました。 次の2週間「カウンセリング」後は、「勤めている会社玄関」まで酒井さんに一緒に行くことが出来ました。来てもらったことで、通勤や働いて自活に戻りたい私の希望に、力と想いを添えてくれました。 次の2週間「カウンセリング」後には、酒井さんに会社玄関に居て待っててもらい、私1人で通勤出来るか。 倒れる前は、40分ほどの通勤道程。 ゆっくりゆっくり向かいました。 途中に酒井さんからの何通ものリラックス出来るようなメールを携帯電話にもらいながら、2時間程かかりました。が、会社玄関には、無事に1人で通勤出来たことを、溢れんばかりの笑顔で迎えてくれました。 次は「カウンセリング」後にいろんな形や行き先を私が決めて、外出を繰り返し、もちろん1人での外出も抵抗感はありますが、乗り越える気持ちが自分の中で勝るようになってきまして、一時期は諦めかけていた「社会復帰」を果たし会社へ出勤出来るようになりました。 現在も、私自身が「心の健康診断のつもり」で数ヶ月に一度の間隔で、「カウンセリング」を受けて(会社近くの落ち着いた珈琲店や、自宅等で)毎回自分自身の中から「元気」を引き出してもらい 日々を過ごしています。

002
《17歳 男性 高校生》

「《性別不合》により本人自身が、深い悩みから抜けられない」
※(「性別不合」とは、以前「性同一性障がい」と呼ばれていましたが、2024.10【WHO】により変更。理由として、この状態は【精神疾患】ではなく【性の健康に関する状態】であると解釈が大きく変わりました。英語ではGender Inconguence ジェンダーアイデンティティ  酒井談)

僕は、幼稚園に通う頃から、男の子とより女の子たちと遊ぶのが楽しかった。
別に男の子が嫌いとまでは思わなかった。
小学校時代から制服の学校。ランドセルも自然に黒。なんとなく気持ちが落ち着かない。
女の子と遊ぶことが居心地良く「ぬりえ」「あやとり」「本を読む」などをしていると落ち着いた。
小学校〜中学校時代にかけて、いじめや、からかわれたりを受けては数ヶ月不登校、を繰り返しながら自分自身「性別」についてより悩みを深めてしまう。
両親からは、叱られたり、僕の想いを否定はしなかったが、理解は今も100%
わかってはもらえていない。
高校生では、服装自由 髪型自由等で、少し気持ちは楽になったような…

担当の先生が良い人で、その先生仲間の恩師に酒井先生ってカウンセラーやってる人いてるから、話聴いてもらったら❓️
連絡を取ってもらったら、「すぐに会おうか」と、その日の夜に自宅へ来てくれた。
初対面やのに、何か吸い込まれるように話しやすい雰囲気で、自分が今まで言葉に出来なかったことまで、全部受け止めてくれて、とにかく自分の声枯れるんちゃうか。と思うまで話を聴いてもらった。
酒井さんは、僕の話をなんか包んでいくように、丁寧に丁寧に噛みしめるように僕をじっと見つめ、こんな惹きつけられるみたいな聴き方してくれる人って居てるんや。ビックリした。
酒井さんは、まだまだ話したいことあるはなぁ。全部これから聴かせてね。

今、僕は自分の性について考え込むことはあるけど、悩みじゃなくなったような気がする。
酒井さんは、僕の「父親」「母親」1人ずつにカウンセリングを、無理強いは絶対しないけど「親としての接し方、受け止め方、これからの育て方」お迷いでしょうからお話お聴きしますよ。と、
今は家族3人が、それぞれカウンセリングを受けている。不思議な感じやけど、酒井さんに話をしていると、自分の心の中に「こうしたらいいのかな」と浮かんでくる。
僕は今、酒井さんに支えられながらも、世の中の皆さんに理解を拡げていきたいなぁと考えている。

004
《女性 78歳 1人暮らし》

「最愛の夫を(癌で亡くされ)ショックから軽度の認知症を発症」
私はこの女性の娘です。私自身は結婚し、両親の住む実家から独立しています。
母は、父親の発病以来献身的に、病院で父が亡くなるまで付きっきりで看病していました。
四十九日、納骨を済ませた頃でしょうか
それまで毅然と振る舞っていた母が過労から倒れてしまい3ヶ月ほど入院をしました。が退院後、数日後から
「認知傾向」が表れ、母に私たちと同居しよう。と何度も説得をしましたが頑なに応じてくれません。
心配でなんとかしたいので、カウンセラーの酒井さんを探し出し、母の心をお任せする、お願いすることにしました。

酒井さんは、母と(故)父の2人の出会いから、付き合い始めている頃のたくさんの素敵な愛らしい日々の人生を一つずつ一つずつ巧みに母から丁寧に聴きだしはじめました。母が話していて疲れたらその日はそれ以上無理せず、「では続きは又次回に…」と、母の心調(酒井さんがよく言葉にしていました。)

その次の酒井さんが来てくれた時に、毎回すぐに話を始めないで、母をじっと温和な表情で見つめ、母の心の調子が今良い時間を見つかれば続きを話ます。
酒井さんがまるで父の代わりをしているかのように、母の心の中の想い出のアルバムかな。それを優しく柔らかくめくるようにカウンセリングなのか、仲良しが話しているのか。その回を重ねていく中で、蒼白くなってしまった母の顔色がなんとなくピンク色に見えたり、すっかり表情が無くなっていた母が、酒井さんとの会話の中で時に「笑顔」が見え隠れするまでに。「摂食障がい」(ショックから食欲がでない)も、私と酒井さんと3人で食卓で少しずつ食べれるようになり快方に向かっているようにみえます。
「認知症」は完治しないかもしれませんが、母の頑なさが取れてきて、現在、念願の私の家で同居をしています。

そして、今は娘の私が、母の介護や自分自身の気持ちが詰まると、酒井さんに聴いてもらっています。
酒井さんからカウンセリングを通して、
私に「安心感」となくしかける「私の喜怒哀楽」を取り戻してもらうために、不定期に酒井さんに「笑顔相談」
(どんな話題でも、必ず相手を笑顔にしてくれる。これも酒井さん言葉)をしてもらっています。

004
《53歳 男性 自営業》

「交通事故に遭い、奥さまと2人の子どもさんが亡くなり、喪失感から生きる気力を失い「自暴自棄」になり「自殺未遂」を繰り返す。」
【ご本人からの依頼です。】
自分の「命」なんかあっても意味ない。
と「自暴自棄」に自分で追い込んでしまい…でもこのまま居なくなった3人の所へ行っても喜んでくれるんかなぁ。
迷い沈み込む毎日を過ごしていました。
親戚から、酒井さんのことを教えてもらい、俺の心整理してもらおうか。
と、酒井さんに連絡を取ろうとするんですが、最初は連絡が繋がっても、自分の名前すらなんでか名乗ることが出来ませんでした。確かこれを10数回繰り返したでしょうか。
やっと「自分の名前と、苦しいねん」
と伝えることが出来ました。
肝心の自宅の住所を、酒井さんに伝えることができたんは、そこからまた数回後でした。
俺の生活リズムも無茶苦茶になっていましたから、やっと酒井さんに住所伝えたのも、連日眠れない深夜やったんです。
※何度かの短いやりとりを繰り返す中で酒井さんは、カウンセリング時には絶対自家用車は使わない。公共交通機関を使用して伺う。と聞いていました。
(酒井談 カウンセリングの内容や、お相手の心のしんどさを、どうしたら良い方向へ修正のお手伝いが出来るかを、依頼時から、相手の方にお会いする瞬間までフル回転で考えておりますので、当然危険ですから使いません。お相手とのファーストインプレッションが、カウンセリングの成否を左右しますから)
と聞いていたので、日時の約束まで話出来てないから、とにかく明日の朝までは耐えなあかんな。

その日の深夜、家のチャイムが鳴りビックリして、「誰ですか〜こんな時間に」
「酒井です」
俺が危ないと心配してくれはったんか、なんとタクシーで駆けつけてくれたんです。(もちろんタクシー料金は、後日お支払いさせてもらいました。)

酒井さんは挨拶もそこそこに、まだ「納骨」も出来てない祭壇の前で、俺が声かけさせてもらうまで、ずっと…
そしてそっと3人の写真の前で手を合わせ、動きはりませんでした。
「酒井さん」と絞り出すように、声をかけると、酒井さん、今度は俺の方に向き合い、最初にかけてくれた言葉が。

「あなたと、どんなに深い愛で結ばれていたご家族やったんですか」と。
予想外でした。てっきり俺の話から始まるもんとばかり思っていましたから。

(酒井談 ご家族を亡くされたことで深い深い傷を負われている方に、その亡くされた家族のことから、カウンセリングに入るのは、賭けでもありますがこのご家族への想い 愛情 を残されたご主人にしっかりと受け止めて頂きたかったので…)

ポツリポツリと話す亡くした家族の話を、酒井さんは、祭壇横に置いていたアルバムを手に取り、1ぺージごとにめくりながら、丁寧に、愛おしむように聴いてくれました。
「素敵なご家族なんですね」
気がつくと、もう朝になっていました。

酒井さんは、俺に「お疲れになったでしょう。では、次回のカウンセリングの日を決めましょう」
初回は、これで帰って行かれました。

カウンセリングは、週2回で1ヶ月8回で始めてもらいました。
数ヶ月後、酒井さんから俺の今の心調子を、酒井さんと〈少し落ち着きかけたかもしれないので〉俺の2人で、相談しながら1ヶ月に1回に間隔を思い切って空けていき、又数ヶ月後、3ヶ月に1回。
半年に1回。ここからは俺が、酒井さんに会いたいと思った時は躊躇せずにカウンセリングを頼みます。
今では仕事にも復帰出来て、自分の「命」に向き合えるようになっています。

利用者様の声

実際にカウンセリングをご利用いただいた方から寄せられた感想をご紹介します。
※ご本人様のご了承をいただき、一字一句そのまま掲載しています。

001
《42歳 男性 教職員》

「過労から《胃潰瘍》及び《自律神経失調症》⇒《燃え尽き症候群 ひきこもり》」
※誰とも会えない状態が続き、奥さまからの依頼。

嫁が酒井さんを呼んでくれたけれど、僕は自室の扉を開ける気はない。
いや、開けられない。僕のために来てくれているのは、充分わかっているけれど、遭いたくない訳ではないのに、どうしても会えない。
今でもよく覚えているのは、酒井さんの言葉が扉の外から聞こえてきた…
「◯◯さん、酒井来て会えないからとすぐ帰るのも淋しいので、扉の近くでしばらく休憩させていただいてからかえります。トイレや食事など、あなたのご自宅なんですから、僕の存在はもちろん無視して生活してくださいね。扉が開いても酒井からお声かけたりは絶対しませんから、ご安心下さい。逆に今日は◯◯さんがしんどい時に、いきなり押しかけてすみませんでした。」と聞こえてきた。
そこから、扉の外に人の気配が感じられなくなり静けさに戻ったんやけど、昨日までの家に居ても、空気すら僕を押し潰すような重たい雰囲気が薄れたような気がする。
しばらくして、僕はトイレに行くために扉を開けて廊下へ出ると、扉から少し離れた所に、酒井さんが微動だにせず目を閉じて床に座っていた。少しビックリしたが、僕に酒井さんへ声かける気持ちはなく、トイレを済ませすぐに部屋に戻った。廊下の床に座っている酒井さんを、一瞬見たけれど嫌な気持ちにはならず、酒井さんの身体のどこにも力入ってない自然体で、和らぐ雰囲気で座ってる姿を見て、部屋へ戻った。ん。僕を守りに来てくれてるの?
久々の眠気。横になったらすぐに眠ってしまった。
気がついたら翌日の朝に。廊下へ出てみると酒井さんは帰った様子。その日から3日間、扉を開けると酒井さんが、温和な表情で目を閉じ座っている。
その3日目、僕の気持ちとな裏腹に、思わず僕から「酒井さん」と声をかけてしまった。リラックスした空気感のままの酒井さんが、僕の部屋に入ってきた。
不思議なことに私は、酒井さんを自然に招き入れてしまった。
そこからは、自分自身が触れたくなかった教職員としてどんな働き方をしていたのか延々と聴いてもらった。
いや、話尽きるのかなと思いながら、話続けた。
酒井さんの深い頷きと雰囲気の中で、吐き出すように息せき切って僕は話続けた酒井さんは、僕の言葉の洪水を、何一つ否定しない。僕の心の掃除が出来てきたのか、もう二度と考えたくもないと逃げ回っていた。でも気が付いたら僕の次に繋がる道程を、見え隠れする感覚を、少しずつ又探し始めていることに抵抗感なく話せている自分自身が居た。
そして、もう枯れてしまっているはずの涙が、拭っても拭っても自分の頬にとめどなく流れることが、なぜか嬉しくて堪らない。
酒井さんに聴いてもらえたことが、自分の再スタートの準備を手伝ってもらえ、消えかけていた「教育への情熱」を取り戻せるかもしれないと考えられるようになった。

002
《17歳 男性 高校生》

「《性別不合》により本人自身が、深い悩みから抜けられない」
※(「性別不合」とは、以前「性同一性障がい」と呼ばれていましたが、2024.10【WHO】により変更。理由として、この状態は【精神疾患】ではなく【性の健康に関する状態】であると解釈が大きく変わりました。英語ではGender Inconguence ジェンダーアイデンティティ  酒井談)

僕は、幼稚園に通う頃から、男の子とより女の子たちと遊ぶのが楽しかった。
別に男の子が嫌いとまでは思わなかった。
小学校時代から制服の学校。ランドセルも自然に黒。なんとなく気持ちが落ち着かない。
女の子と遊ぶことが居心地良く「ぬりえ」「あやとり」「本を読む」などをしていると落ち着いた。
小学校〜中学校時代にかけて、いじめや、からかわれたりを受けては数ヶ月不登校、を繰り返しながら自分自身「性別」についてより悩みを深めてしまう。
両親からは、叱られたり、僕の想いを否定はしなかったが、理解は今も100%
わかってはもらえていない。
高校生では、服装自由 髪型自由等で、少し気持ちは楽になったような…

担当の先生が良い人で、その先生仲間の恩師に酒井先生ってカウンセラーやってる人いてるから、話聴いてもらったら❓️
連絡を取ってもらったら、「すぐに会おうか」と、その日の夜に自宅へ来てくれた。
初対面やのに、何か吸い込まれるように話しやすい雰囲気で、自分が今まで言葉に出来なかったことまで、全部受け止めてくれて、とにかく自分の声枯れるんちゃうか。と思うまで話を聴いてもらった。
酒井さんは、僕の話をなんか包んでいくように、丁寧に丁寧に噛みしめるように僕をじっと見つめ、こんな惹きつけられるみたいな聴き方してくれる人って居てるんや。ビックリした。
酒井さんは、まだまだ話したいことあるはなぁ。全部これから聴かせてね。

今、僕は自分の性について考え込むことはあるけど、悩みじゃなくなったような気がする。
酒井さんは、僕の「父親」「母親」1人ずつにカウンセリングを、無理強いは絶対しないけど「親としての接し方、受け止め方、これからの育て方」お迷いでしょうからお話お聴きしますよ。と、
今は家族3人が、それぞれカウンセリングを受けている。不思議な感じやけど、酒井さんに話をしていると、自分の心の中に「こうしたらいいのかな」と浮かんでくる。
僕は今、酒井さんに支えられながらも、世の中の皆さんに理解を拡げていきたいなぁと考えている。

004
《女性 78歳 1人暮らし》

「最愛の夫を(癌で亡くされ)ショックから軽度の認知症を発症」
私はこの女性の娘です。私自身は結婚し、両親の住む実家から独立しています。

母は、父親の発病以来献身的に、病院で父が亡くなるまで付きっきりで看病していました。
四十九日、納骨を済ませた頃でしょうか
それまで毅然と振る舞っていた母が過労から倒れてしまい3ヶ月ほど入院をしました。が退院後、数日後から
「認知傾向」が表れ、母に私たちと同居しよう。と何度も説得をしましたが頑なに応じてくれません。
心配でなんとかしたいので、カウンセラーの酒井さんを探し出し、母の心をお任せする、お願いすることにしました。

酒井さんは、母と(故)父の2人の出会いから、付き合い始めている頃のたくさんの素敵な愛らしい日々の人生を一つずつ一つずつ巧みに母から丁寧に聴きだしはじめました。母が話していて疲れたらその日はそれ以上無理せず、「では続きは又次回に…」と、母の心調(酒井さんがよく言葉にしていました。)

その次の酒井さんが来てくれた時に、毎回すぐに話を始めないで、母をじっと温和な表情で見つめ、母の心の調子が今良い時間を見つかれば続きを話ます。
酒井さんがまるで父の代わりをしているかのように、母の心の中の想い出のアルバムかな。それを優しく柔らかくめくるようにカウンセリングなのか、仲良しが話しているのか。その回を重ねていく中で、蒼白くなってしまった母の顔色がなんとなくピンク色に見えたり、すっかり表情が無くなっていた母が、酒井さんとの会話の中で時に「笑顔」が見え隠れするまでに。「摂食障がい」(ショックから食欲がでない)も、私と酒井さんと3人で食卓で少しずつ食べれるようになり快方に向かっているようにみえます。
「認知症」は完治しないかもしれませんが、母の頑なさが取れてきて、現在、念願の私の家で同居をしています。

そして、今は娘の私が、母の介護や自分自身の気持ちが詰まると、酒井さんに聴いてもらっています。
酒井さんからカウンセリングを通して、
私に「安心感」となくしかける「私の喜怒哀楽」を取り戻してもらうために、不定期に酒井さんに「笑顔相談」
(どんな話題でも、必ず相手を笑顔にしてくれる。これも酒井さん言葉)をしてもらっています。

004
《53歳 男性 自営業》

「交通事故に遭い、奥さまと2人の子どもさんが亡くなり、喪失感から生きる気力を失い「自暴自棄」になり「自殺未遂」を繰り返す。」
【ご本人からの依頼です。】
自分の「命」なんかあっても意味ない。

と「自暴自棄」に自分で追い込んでしまい…でもこのまま居なくなった3人の所へ行っても喜んでくれるんかなぁ。
迷い沈み込む毎日を過ごしていました。
親戚から、酒井さんのことを教えてもらい、俺の心整理してもらおうか。
と、酒井さんに連絡を取ろうとするんですが、最初は連絡が繋がっても、自分の名前すらなんでか名乗ることが出来ませんでした。確かこれを10数回繰り返したでしょうか。
やっと「自分の名前と、苦しいねん」
と伝えることが出来ました。
肝心の自宅の住所を、酒井さんに伝えることができたんは、そこからまた数回後でした。
俺の生活リズムも無茶苦茶になっていましたから、やっと酒井さんに住所伝えたのも、連日眠れない深夜やったんです。
※何度かの短いやりとりを繰り返す中で酒井さんは、カウンセリング時には絶対自家用車は使わない。公共交通機関を使用して伺う。と聞いていました。
(酒井談 カウンセリングの内容や、お相手の心のしんどさを、どうしたら良い方向へ修正のお手伝いが出来るかを、依頼時から、相手の方にお会いする瞬間までフル回転で考えておりますので、当然危険ですから使いません。お相手とのファーストインプレッションが、カウンセリングの成否を左右しますから)
と聞いていたので、日時の約束まで話出来てないから、とにかく明日の朝までは耐えなあかんな。

その日の深夜、家のチャイムが鳴りビックリして、「誰ですか〜こんな時間に」
「酒井です」
俺が危ないと心配してくれはったんか、なんとタクシーで駆けつけてくれたんです。(もちろんタクシー料金は、後日お支払いさせてもらいました。)

酒井さんは挨拶もそこそこに、まだ「納骨」も出来てない祭壇の前で、俺が声かけさせてもらうまで、ずっと…
そしてそっと3人の写真の前で手を合わせ、動きはりませんでした。
「酒井さん」と絞り出すように、声をかけると、酒井さん、今度は俺の方に向き合い、最初にかけてくれた言葉が。

「あなたと、どんなに深い愛で結ばれていたご家族やったんですか」と。
予想外でした。てっきり俺の話から始まるもんとばかり思っていましたから。

(酒井談 ご家族を亡くされたことで深い深い傷を負われている方に、その亡くされた家族のことから、カウンセリングに入るのは、賭けでもありますがこのご家族への想い 愛情 を残されたご主人にしっかりと受け止めて頂きたかったので…)

ポツリポツリと話す亡くした家族の話を、酒井さんは、祭壇横に置いていたアルバムを手に取り、1ぺージごとにめくりながら、丁寧に、愛おしむように聴いてくれました。
「素敵なご家族なんですね」
気がつくと、もう朝になっていました。

酒井さんは、俺に「お疲れになったでしょう。では、次回のカウンセリングの日を決めましょう」
初回は、これで帰って行かれました。

カウンセリングは、週2回で1ヶ月8回で始めてもらいました。
数ヶ月後、酒井さんから俺の今の心調子を、酒井さんと〈少し落ち着きかけたかもしれないので〉俺の2人で、相談しながら1ヶ月に1回に間隔を思い切って空けていき、又数ヶ月後、3ヶ月に1回。
半年に1回。ここからは俺が、酒井さんに会いたいと思った時は躊躇せずにカウンセリングを頼みます。
今では仕事にも復帰出来て、自分の「命」に向き合えるようになっています。

※画像をクリックでお電話できます。
※留守番電話で確かめ、ご相談であればすぐにこちらから電話かけ直させていただきます。

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    〘酒井(kunisan)は、カウンセリングルームに来ていただくのではなく、酒井自身があなたの1番落ち着く場所へ向かいます。〙

    〔(例)ご自宅・公園・お店など、どこへでも参ります〕

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